3Dプリンタによる臓器模型出力,ヘッドマウントディスプレイを用いた臓器立体構造の把握など,3Dに関連する話題のテクノロジーの医学への応用が注目されて
いる.
インパクトがあり,見た目にも格好良く,わかりやすいことは間違いないが,一般的にわかりやすいことが本当に有用・実用的なのか,実用化されるためにどのような課題が残されているのか,というような視点を持つことが今後ますます必要となる.
3Dプリンタの性能が上がれば,より精度の高い臓器出力を行うことが出来,ヘッドマウントディスプレイの性能が上がれば,より詳細な部分まで3D臓
器をあらゆる角度から確認することが可能となる…わけでは全くない.3Dプリンタ出力するための,或いはあらゆる角度から確認するための人体・臓器の
3DCGデータそのものの精度が上がらない限り,どれだけ装置・デバイスの性能が上がったところで無意味である.印刷機の性能が上がったからと言って,優
れた小説が自動的に生
まれやすくなるわけでは全くないのと同じである.
実際の臓器との誤差が1mm以下のものを目指すのは現状極めて難しいが,一方で,立体構造をざっくりと事前に把握できるだけで術前検討や治療方針決
定に有用な分野であれば,1,2cm程度の誤差があったとしても3Dは大いに役立つと考えられる.そこでは「どう見せるか」「どう操作させるか」が重要な
要素となり,必ずしも最新の技術を用いなければ実現できないものばかりではなく,作り手である技術者たちが現場の要望をどれだけ正確に理解出来るかどうか
が鍵となる.
本講演では,3Dを用いた医学に関連する具体例を交えながら,3DCGの利点・欠点,
得意な部分・苦手な部分を出来るだけ中立的な立場で紹介し,3DCGが医療に本当
に役立つのかを議論する.
株式会社サイアメント代表取締役.東京大学大学院博士課程在学中.
医師/医療CGプロデューサー/サイエンスCGクリエーター
医学の専門家としての知識と経験を活かし「正しさ」と「楽しさ」を
両立させたCGコンテンツを制作.最近では病院の治療現場で
活用可能な3DCG技術をとりいれたソフトウェア開発に力を注いでいる.
東京大学総長賞・総長大賞受賞.
TBS「夢の扉+」最年少ドリームメーカー(2013年1月当時).
2014年 総務省「異能vation」採択.
2015年 SIGGRAPH Computer Animation Festival にて部門世界一となる
BEST VISUALIZATION AND SIMULATION を受賞.
・コンピュータを用いた素地制作
30代半ば,当時勤めていた専門学校からの帰り道,渋谷の道玄坂で今まで見たことのないコンピュータの販売店を見つけた.外から店内を覗いてみるとコンピュータのモニターに今まで見たこともないフルカラーの映像が映っている.
それまでコンピュータと言えば計算機の親玉ぐらいの意識しか無くほとんど興味の対象ではなかったものだが,そのカラー画像に惹かれてリンゴの看板が上がったその店の中に足を踏み入れた.
当時主流のコンピュータはマイクロソフト社の開発したMSDOSと呼ばれるオペレーションソフトが一般的で,操作するためにはややこしいコマンドをキーボードで入力することが出来ることを要求されていた.しかしそこで見たリンゴのマークがついたコンピュータは,たった一つのボタンがついた白いマウスを操作するだけでいとも簡単に操ることができ,写真を編集し1,677万色を使って絵が描け,音楽を作れたり演奏したりできた.
これまで芸術とは無縁のものだと考えていたコンピュータの存在が私の中で180度変わった瞬間である.
当時の美術大学でもコンピュータを導入しているところはほとんど見当たらず,そうした情報にもなかなか巡り会えなかったが,単に私の勉強不足だったのかもしれない.その後の印刷出版業界に一大改革を迫り,現在でも定番のソフトウェアでもあるイラストレーターやフォトショップも既に存在していたが,ハードウェアもソフトウェアも現在と比べると驚くほど価格も高く性能も著しく悪かった.
その頃はまだ インターネットは一般化していなかったが,そのリンゴのマークの車一台が十分に買えるほどの価格のコンピュータを,貧乏作家の身分であったが手に入れることにした.兎に角何かが出来るのではないかという漠然とした感に頼った判断だったのだが,現在私が大学でコンピュータによるもの作りを学生に手ほどきしていることの元になったと言える.
まだデジタル技術を用いた具体的なもの作りは大企業の手の内にありとても素人には手の出せるものではなかったが,当時から3次元の立体を作って,レイトレーシングという手法でフォトリアリスティックに描くソフトも存在していた.前述したようにハードもソフトも現在のものとは比べようも無いほど性能が悪かったが,一晩中かかって20,000ピクセルほどの画面を描かせて喜んでいた.その後のコンピュータの進化は,私がそうした技術を習得する時間を待ってはくれないほど早かったが,当時夢のまた夢のような様々な可能性を目の前に展開し提供してくれている.
この文章を書いているのは2016年であるが,既に人の作り出す様々なものの多くがコンピュータを使って作り出されており,産業界ではもはやそれ無しには成り立たなくなっている.コンピュータの開発はこの時代の非常に優れた才能によって行われていることを,それを扱うことで実感しているし,この時代に生まれてものづくりに携わる中で,コンピュータによってもたらされる恩恵にあずかることが出来ることを大変に有難いことだと思う.
私の場合,コンピュータによってもたらされる恩恵と言っても一般的な認識からは少し異なる.
物作りとしての産業に求められるコンピュータの恩恵は,形態情報のデジタル化による共有化,大量生産のための自動化,設計の効率化,開発時間・開発コストの削減などが挙げられる.
コンピュータを使えなかった時代に,全てを人の手の力で行っていた莫大な労力の大部分を任せられるようになってきたのだ.しかし私にとってのコンピュータの恩恵とはそのような要素ではない.機械で作った形とかコンピュータで設計したものと聞くと,何かとても型にはまった人間味のない形ではないかと多くの人たちが感じているのではないかと思うが,現代のコンピュータ技術は既ににそういった段階は超えている.もしそのようなつまらない形しか出来ないのであれば,単に機械を扱う人間の基本的な能力が足りないだけだと思う.それは,粘土などの造形素材を使って良い形が出来るか否かと全く同じ人間の能力の問題なのである.
私がコンピュータの中で扱うのは主に立体造形である.モニターに映し出される擬似空間のなかで立体をくみ上げてゆくのだが,最新のCADソフトは凡そ人間が想像できるどのような形でも作り出せるようにプログラムされている.具体的なものの在り方を規定するために,ソフトの開発では様々な方向性から検討され,ものつくりの厳しい要求に応えられるような製品として仕上げられていることは驚嘆に値するし,この時代でなければ巡り会えなかったこの状況を享受出来ることが,個人的には大変に有り難いことだと感じている.
・3Dソフトを用いた造形手法の長所
1. 物理的な制約に捉われずに造形発想ができること.
所謂自由な発想が可能になり,頭のなかにしっかりとした立体空間形状の把握があれば,実材を用いてモデルを作ることが難しい場合などでも正確な形を作り出すことができる.実材だと大変な手間と時間を要する形状の変更も比較的簡単に行えるので発想の幅が広がり,それぞれデータとして保存することで比較検討ができる.
立体を作るときに用いる一本の線の品位まで分析することが出来るので手で描く線と同様の感覚的な要素を作り出すことも可能だ.反復や対象形など,手仕事においては大変に手間のかかる作業が瞬時に正確に行えることも大変に有難い.手仕事で作業を進めるとどうしても制作物に思い入れが強くなって新たなインスピレーションを取り入れて形を変更することを躊躇しがちだが,コンピュータの中では途中のものをセーブして新しい形に変更していくことに躊躇は無い.
もっとも,手仕事をしているときの方がインスピレーションを感じる頻度は高いのだが・・・
2. 3Dデータを用いて機械的に作り上げた立体を,相当正確に生成することが出来ること
近年では各種3Dプリンターによって様々な素材を用いて立体を生成することが出来るようになってきた.既に身の周りを見回すと,ほとんどすべての工業製品は何らかの形でコンピュータデザインが関わっていて,そうでないものを見つけるのが難しいくらいだ.
工業製品の多くはCAD/CAMと呼ばれる生産システムを経て出来あがるのだが,今やその手法を個人が用いてものを作れるような時代になってきたのだ.デジタル技術が2次元の世界に入ってきたことによって創作の世界に変革が起こって久しいが,3次元の造形法においても近年の技術開発は目覚ましく,VR( バーチャルリアリティ) の技術も含め正に革命と呼べる.
3. 手仕事との融合でより質の高い仕上がりが期待できること.
これまで手仕事のみでは考え難かった素材選びや工法などに挑戦することが出来,したがってこれまでにない発想やものづくりの手法を試すことが出来る.手仕事で用いる治具等もこれらの方法で作り出すこともできるのだ.
3Dの技術を用いて物作りをされている方の多くが言うことだが,コンピュータのモニターの中だけで形を作っても,決して望んでいる良い形が出来るわけではなく,一旦コンピュータで作った形を出力して実際の立体とし,それに物理的に手を加えてよって高次元の理想の形に近付けなければならない.
モニターに映る仮想空間の立体は基本的には二次元視なので本来の三次元的な把握はしておらず,さらに相対的にしか物の大きさを感じられないこと,手で感じる直接的な形状のフィードバックが無いことがコンピュータによる感覚的な立体造形の弱点なのである.コンピュータで造形をする時には,実際に手を使ってものを作っているときとは別の脳の部分を使っている感覚がある.しかし,前述したようなコンピュータの長所と洗練された手仕事の技術を組み合わせられれば,全く新しい物作りの可能性が目の前に広がるのだ.
4,VR(バーチャルリアリティ)技術による造形の可能性
バーチャルリアリティの技術は現在の段階では黎明期であると思っている.
特に3Dの世界ではまだまだ一般化しているとは言えず,体験した人も少ないだろう.しかし,ヘッドマウントディスプレイを装着して眼前に広がる擬似空間に身を置くと,一言では言い表せないような興味深い体験をすることになる.ミケランジェロのピエタ像を至近距離からしかも様々な角度に回り込んで鑑賞し,立体の細かな成り立ちまで観察できるバーチャル美術館には驚嘆する.正にこの時代に生きていなければ巡り会うことのできないことだ.最初にインターネットを目にした時の興奮と似ている.
擬似空間を高精度にしかもダイナミックに動かすためには,そうしたデータを苦もなく扱えるパワーを持ったコンピュータとそれを実現させるためのシステムやプログラムが必要で,現段階で個人的に手に入れるためにはまだ少々高価である.今のところ,多くのプログラムは体験型のゲームが主流なのだが,擬似空間の中に三次元的な絵を描いたり,形を造形することができるアプリケーションも現れてきている.データ入力の方法によっては,現在主流になっている3次元CADと同じデータを扱えるようになるであろうし,そうなれば,制作する立体物の絶対的な空間性(モニター画面で見ることのできる3次元空間は2次元のもので,物の大きさは相対的にしか把握できない)と,量感を感じることができるのである.既にデジタルな立体に触れた時の触感を感じられるような入力装置も開発されつつある.
あと10年も経てば飛躍的にこの手の技術は発展し世の中に当たり前のように受け入れられていくものと思うが,これらを使うか使わないか,また使うとなればどう使って何を作り出したいのかを考えることが,これからのものづくりを志す人たちの大きな課題になると思う.漆工芸と云う伝統的なものづくりと全く対照的な現代の技術ではあるが,今を生きている人にとって何が大切か,何が良いのか,何を志向するのかと云う命題は同じだ.
伝統的な手わざの良さとデジタル技術によってもたらされる造形の可能性を融合出来たら現代の新しい日本美術として成り立たないだろうか.
漆芸家.富山大教授.
1996年「乾漆朱塗食籠(かんしつしゅぬりじきろう)」で日本伝統工芸展日本工芸会会長賞.
2006年にはタケオカ自動車工芸の電気自動車開発に参加.
2010年紫綬褒章.日本工芸会正会員.東京都出身.東京芸大卒.